「非認知能力」の学習評価の問題点

幼児教育

今日は久々に非認知能力のお話をしたいと思います。

非認知能力とは、IQなどの数値化できる能力である認知能力の対義語で、問題解決能力、柔軟性、心の強さ、自制心、忍耐力、継続する力、社会性など、数値化できない能力のことを言います。

私はこの非認知能力を非常に重要視しています。この考え方を実践しているボーク重子さんの講演に行ったり、非認知能力が注目されるきっかけとなったヘックマン教授の書籍を読んで、記事を書いたりしています。

しかしながら、この非認知能力が社会で必要とされる能力と言うことになんの疑いもないのですが、数値化できない能力であるが故に、これを評価するというのは非常に難しいです。

近年、学習指導要領は認知能力から非認知能力重視の学習へシフトしつつあります。
一言でいうと、一つの答えを導くことを目的とする学習のではなく、答えを導くためのプロセスを尊重する学習です。

しかしながら、この非認知能力のよる評価を試験に持ち込むと、下記のような問題点も生じます。

目次

曖昧な評価基準

現状の大学受験二次試験でも、東大、京大など最難関大ほど「プロセス」が重視されますが、多くの大学では決まった「解」を求めることが求められます。

この解を評価する考え方に異を唱えるのが非認知能力です。そもそも答えが一つではなく、それぞれの個性に即した考え方が求められます。そして、その個性を結局は点数化して、合格する人と不合格の人に仕分けするわけですが、やや矛盾を感じます。

更に大変なのがその採点です。採点する側の能力や基準に差があった場合、生じた差は後に是正されるでしょうか。私見になりますが、一度採点された抽象的な採点は、明確な間違いでない限り、是正されないでしょう。是正されるとしたら、認知能力的な基準によって判断されるわけです。

採点者もまた認知能力に優れていても非認知能力に優れているか未知数です。そのような方が、非認知能力の採点をするわけです。

「認知能力より非認知能力」の流れは本当に正しいか

上述のとおり、非認知能力の定義には、聞こえのよいフレーズがずらりと並びます。
しかし、、、本当に非認知能力の考え方は認知能力より優れているでしょうか。

伝統的に、日本の教育はどちらかというと認知能力、米国の教育はどちらかというと非認知能力を好みます。

これまで日本の大学受験はマークシートなどを活用して、センター試験を実施してきました。こちらは認知能力を代表する試験と言えます。画一的に評価し、白黒つけるからです。今回、このセンター試験を廃止して、認知能力に非認知能力の考え方を取り入れつつあります。また、中学、高校、大学問わずAO入試が増えたり、プロセスを重視する問題の割合が増えつつあります。

流れとしては、認知能力の学習を否定しているようにも見えますが、これまで日本を支えてきた日本人が優秀でないとは思えません。勤勉な個性もあるでしょうが、学力として優秀な一面もあるのではないでしょうか。

それが今後、非認知能力を抽象的に評価する試験が主流になると、学生は何をよりどころとして勉強して良いのか、曖昧になります。この結果、努力に比例した結果が試験結果に反映されにくくなる可能性もあります。

このように、非認知能力が重要なスキルであると思いますが、その能力を受験に導入しすぎることは必ずしも望ましくないと考えます。

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